筑後川俳句紀行
                                古 賀 邦 雄

   筑後川は、阿蘇の外輪山を源とし、その水は下筌ダム、松原ダム
  に入り、大山川を流下し、一方九重高原を源とする玖珠川は、大分
  県の日田市で大山川と合流し、三隈川となる。筑後川はさらに下り
  夜明ダムを過ぎて、福岡県朝倉市、久留米市の筑後平野を貫流し、
  佐賀市、大川市を流れ、昇開橋の直ぐ下流で早津江川を分流させて
  有明海に注ぐ、幹線延長143Km、流域面積2860Ku、年間総流
  量40億uに及ぶ九州一の大河である。
   この太古からの流れは、筑後川流域の人々に多くの文化を育んで
  きた。それは花鳥風月を詠む俳句もその文化の一つである。筑後川
  143Kmの旅を上流から河口の有明海まで先人の俳句で歩いてみた。
   
    (大阿蘇)
    大阿蘇の清水束ねし筑後川   (広瀬ひろ史)
    阿蘇の谷の代掻きをはる千枚田 (板橋寿)
    水源は阿蘇の小国よ川晩夏   (永江きよえ)

    (九重高原)
    久住より根子岳かけて天の川  (坂井和子)
    高原の水音仰ぐ天の川     (坂井和子)

    (下筌・松原ダム)
    下筌ダム満々と小春かな    (大坪イツ子)
    一望のダム蒼々の五月かな   (田中綾子)
    夏けぶるダムの放水夏に入る  (田中綾子)

    (日田)
    流してはまた返す竿鮎を釣る  (緒方無元)
    箸先に雨気孕みけり鮎の宿   (岸田稚魚)
    天領の水澄む日田に転勤す   (平田縫子)

    (原鶴)
    鵜舟待つ水来る方へ顔向けて  (本田末子)
    鵜舟干す大河のほとり秋たちぬ (萩原青子)
    恵蘇の瀬に影して神の夏木   (江渕とし子)

    (三連水車)
    廻り継ぐ水車百年風薫る    (野村比呂志)
    水の日や三連水車山田堰    (吉永貞志)
    水はねて三連水車曼珠沙華   (春日朱坊)

    (長野水神社)
    五庄屋の大堰梅雨をとゞろけり (佐藤裸人)
    草紅葉五庄屋の徳ここに残る  (高浜年尾)
    残花なおありて五霊社詣かな  (小野友雪)

    (日の岡古墳)
    古墳へと一水渡る蝉しぐれ   (安元しづか)
    ゆく秋や古鏡を祀るだけの堂  (吉富無韻)
    木の実降る古墳日の丘月の丘  (古賀篁邨)

    (田主丸)
    虫追いの松明連ね田の闇を   (立石柳蛙)
    残照に紫深む巨峰摘む     (中村和子)
    鯉抱き焚火に上り来て無口   (野田幸助)

    (小石原)
    陶土搗く小屋の雪解け雫かな  (桑尾よしゆき)
    逝く春や陶土まみれの見習工  (阿部初子)
    赤とんぼ素陶は尻を天に干す  (伊東十三四)

    (佐田川)
    川海苔の湧水の源たづねもし  (原三猿子)
    川茸の育つ流れの水澄めり   (山田千恵女)
    川茸の生ふる水なり糸蜻蛉   (篁柳下)

    (今村天主堂)
    蚕の睡り寝桑に深しクルス村  (小林喜一郎)
    修道女朝ミサ終へて草刈れる  (中川つね女)
    重き扉の内露けくてマリア像  (古賀寿代)

    (寺内ダム・江川ダム)
    ロックダム峡は過疎なり竹の秋 (井上弘堂)
    ダムに挑みてダムの水真青   (西村静恵)
    ダム堤に彫る水没碑蛙鳴き   (小原菁々子)

    (秋月)
    燕はや来る秋月は水どころ   (大捕八重子)
    引入るゝ古処の寒水葛晒し   (小島隆得)

    (高良山から)
    筑紫とは日の赫き国櫨紅葉   (阿比留ひとし)
    菜の花の色もはてなし筑後川  (蝶 夢)
    菜の花のはるかに黄なり筑後川 (夏目漱石)

    (梅林寺・水天宮)
    禅寺へ堀り越えて来し梅匂ふ  (浦田秋芽)
    波涼し河童供養の幣散りて   (山崎冨美子)

    (筑後下流用水)
    水喧嘩ありし昔吐水槽     (緒方輝子)
    巨大なる導水管や水澄める   (河口洋子)
    クリーク水縦横に大青田    (森田きち)
    菱採女泳げる蛇に菱つぶて   (品川尚三)

    (筑後大堰)
    淡水取水したるは昔堰涼し   (山下順子)
    田水沸く筑後大堰雲の峰    (種田恵月)
    筑紫次郎捌く大堰秋近し    (堤三津子)

    (大川)
    積み上げし家具財の町水ぬるむ (大長光菊子)
    空き腹に朝の太陽藺草刈る   (渋田ト洞庵)

    (エツ漁)
    筑後川エツ網流す夫婦船    (日高貴美)
    この川に生活賭けしエツの舟  (山口正廣)
    舟のみなエツ舟に見ゆ筑後川  (山口正廣)

    (昇開橋)
    昇開橋母との記憶春の風    (堺ヤ通佳)
    揚花火昇開橋を染め上げし   (田中けん二)
    昇開橋入れて夕虹生まれけり  (田中けん二)

    (干拓)
    干拓の風荒き日よ麦は穂に   (待鳥ハツ子)
    干拓の米どころなる田水沸く  (田中貞子)

    (むつ五郎)
    むつ五郎おどけ目玉をくるりんと(上村占魚)
    むつ五郎泥の深さは計られず  (小野素雨)
    どこまで続く潟の日むつのもの (川上朴史)

    (海苔)
    青海苔や水にさしこむ日の光  (正岡子規)
    海苔あぶる手もととも袖も美しき(龍井孝作)
    海苔拾ひ汐木拾ひと二人きり  (青葉三角草)

    (潮まねき)
    潮まねき招きし潮に呑まれけり (工藤帰雁)
    汐干狩自然観察員も来て    (西原トシ子)
    南風や潮待ち並ぶ四つ手小屋  (楠目橙黄子)

    (有明海)
    有明海越えて来る日和麦の秋  (広松寿)
    花の山有明海はいつも凪    (江島陽子)


   以上、73の句によって筑後川沿いに歩いてみると、鮎、鯉、エツ
  むつ五郎など豊かな魚族に出合うことができた。また下筌ダム、
  松原ダム、大石堰、山田堰、筑後大堰の各々の河川構造物は治水、
  利水の役割をもっていることもわかる。
  <水澄みて筑紫次郎の歴史知る>(蓮尾美代子)
  再度ゆっくりと筑後川の歴史と文化を辿りたくなってきた。
  そして、筑後川の水に感謝したい。
  <未来とは涼しきことば水もまた>(原田耕二)

   なお、これらの句は、角川書店編・発行「合本俳句歳時記」、岡
  部六弥太・平田羨魚編「福岡吟行歳時記」(りーぶる出版企画)、
  筑後川下流用水事業施設見学俳句大会実行委員会編・発行「句集筑
  後・佐賀揚水機場」、さわらび発行所編・発行「さわらび」より選んだ。